L'Arc〜en〜Ciel(ラルク アン シエル)は日本のロックバンド。 リーダーはtetsu (B)。略称はラルク。 1991年2月頃に大阪でtetsuを中心に結成。 グループ名の「L'Arc〜en〜Ciel(ラルク アン シエル)」は、フランス語では「ラルカンスィエル」「ラフカンスィエル」と発音し、「虹」という意味。 英語直訳は「the arch in (the) sky」、日本語直訳は「空中のアーチ」。 メンバーの一人一人が持つ高い演奏技術や楽曲センス、hydeの書く幻想的な詞などでメジャーデビュー以来着実にファンを増やし、1996年発売のアルバム「True」がデビュー後初のオリコン1位になる。 「True」はその後発売6週目でミリオンセラーに輝くなどラルク人気は過熱しはじめ、ヒット街道を驀進するものと思われたが、直後にドラムのsakuraが逮捕され活動を完全に休止してしまう。 1997年、長い休止の後発売したシングル「虹」のヒット(当時の自己最高初動・最高売り上げを共に更新)、直後東京ドームで行われた復活コンサート「1997 REINCARNATION」では公演チケットが当時最速の4分で完売と、邦楽業界の第一線へと華々しい復帰を飾る。 1998年にはアルバム「HEART」のミリオンヒットから始まり、シングル「HONEY」「花葬」「浸食〜lose control〜」の3枚同時、シングル「snow drop」「forbidden lover」の2枚連続、1999年にもアルバム「ark」「ray」の2枚同時発売で話題をさらうなどで数々の大ヒットを飛ばし、同時期にヒットを飛ばしたGLAYと共に'90年代後期J-POPシーンのトップを走り続けた。 2001年、シングル「Spirit dreams inside - another dream -」を発売した後に各自がソロ活動などに入り、実質的な活動休止状態になる。 一部では解散説も流れ「もうラルクとしての活動は無いんじゃないか」と思われていたが、2003年に行われた「Shibuya Seven Days 2003」で大々的な復活を果たし、最終日には2004年3月のアルバム(SMILE)発売発表で解散説を一蹴。 翌年2月4日にシングル「READY STEADY GO」をリリースし完全復活した。 2004年からはメインでラルクとしての活動を行いつつ各自がソロ活動をしていたが、2005年中旬からHYDEが新たにバンドメンバーを構成し再始動、acid androidもアルバムリリースを発表しソロ活動を再開したためラルクとしての2006年のスケジュールは現在未定になっている。ただHYDEは「2006年には再び活動を終える」と公表している。待ち遠しい!! ラルク結成当初は客に「次はいつライブを見られるかわからない」という危機感を持たせるため、月1回以上はライブを行わなかった。 結成前からhydeやtetsuにはJelsarem's Rod、Bystonwell時代からのファンがそれぞれに相当数いたため、1991年5月30日にホームグラウンドとしていた難波ロケッツで行われたファーストライブは対バンながらも150人を動員。 同年9月27日に難波ロケッツで行われた初のワンマンライブでは300人以上の動員を記録し、その噂は関東まで広がり業界関係者の注目の的となった。 2回目のワンマンライブからは難波ロケッツのキャパシティを超える客が集まり人気を不動のものとする。ちなみに関東にはワンマンライブ以前の1991年8月31日に市川CLUB GiOで行われたイベントに出演し、関東でのファン獲得の礎とした。 「DUNE」リリースの前後になると『ラルク号』と名付けられた機材車に乗って全国各地を回りファンを開拓した。 メジャーデビューを果たし、最初の全国ツアー「Sense of time '94」ではチケットがソールドアウトしない会場が発生するが、次のツアー「in CLUB '95」からは前回のツアーでスタッフに全てを任せていたということを踏まえ、メンバー主体でのツアープラン作成を行った。これが功を奏しここからライブ動員数は増え続け、「TOUR heavenry '95」の最終日では日本武道館でライブをするまでになった。
オススメ度
1.New World前作の「 ...